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作者:◆IulaH19/JY 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】 【10】 「……気がついた?」 俺を覗き込む瓶底眼鏡の黒髪が目の前にあった。 空に見えるのは夕暮れの空。 俺の体はベンチに横向きになっていた。リンドウに膝枕される形で。 「……うおっ!?」 俺は跳ね起きる。最初に目に入ったのはパンダの乗り物。 「ここは?」 「閉鎖されてたデパートの屋上遊園地」 運ぶの大変だったんだから、と肩を叩くリンドウを見て、俺は笑う。 動物のふかふかした乗り物や、小さなメリーゴーランド。妙に寂れた感じが郷愁をそそる。 もうすぐ日が暮れる。菱形の金網越しに橙色の空が広がっていた。 ベンチで座った俺らの傍を、春風が吹きぬける。 その度にリンドウの黒く長い髪が揺れ、甘い香りが俺の胸を焦がす。 心地よい沈黙が、俺らの間に流れていた。 「……大変な一日だった」 自然と言葉が口から出た。 夜明けから日暮れまで、戦いっぱなしな気がする。 「そうね。あなたはこれからも大変でしょうけどね」 「そうだな」 俺は苦笑する。 これからはリンドウやルローと言った愛すべき変人共と行動するのだ。 それが不安で、そして楽しみだった。 「あなたの過去を調べさせてもらったわ。本当に普通の素晴らしい家庭で育ったのね。 あなたは本当はどう思っているの?きっと、こんな世界は辛いだけだと思うけど」 「そうだな……」 俺は思案する。そして一つの結論に至る。 「これも運命だった。そう諦めるさ」 リンドウはその答えを聞いてクスクス笑っていた。 「実はね、『運命レポート』にはあなたが仲間になる確率は低かったの。だけど、私たちが干渉を掛ける事によって徐々にその確率を上げていった。だから、今の答えは私たちの努力のおかげね」 「……たぶん、関係ないな。一つの因子を除いて」 デパートの屋上は意外と高く、周囲には高層ビルが並んでいて、それらがポツポツと明かりを付け始める。 空の色は段々と暗くなっていく。 リンドウが眼鏡を外し、俺の方を見た。 「その『時間操作』の能力。自らを世界の時間よりも早く活動させる事が出来る能力ね。でもまだ不安定。薬の影響のせいか、別のせいなのか」 そう“鑑定”した。 「あなたの本来の能力の発動が早まったのは、あなたが能力を受け入れたせい」 「俺が?」 「私たちと出会う前のあなたは、能力を否定していた。だからその体に能力が宿りにくかった。だけど今回の出来事を通じて能力者や能力の有効性に気付いたはず。それで――」 「それで能力が宿った。まだ不安定だけど、と言うわけか」 「今までの投薬は、本来の能力の発現を促すとともに、あなた自身が能力を受け入れる準備をするためでもあった」 なるほど。確かに俺は昔ほどは能力や能力者を毛嫌いしていない。 それどころか、能力をリンドウやルローを守るために積極的に使っていた。 「能力者なんて、ただの人間だろ。今日はそれを学んだよ」 受け入れる。これは進歩か退化か。 「人間……そうね。人に見える能力者はまだいい方だわ」 「人に見えるって、姿形がか?」 「心よ」 リンドウが上空を見上げる。 「私の家族はチェンジリング・デイを境に変わってしまった。政府に属していたお母さんは毎日、能力者の研究ばかり。それも、残忍で非道な研究をね」 「そう……なのか」 「だから私は家を出た。母さんは私を使えない道具だと罵っていたけど、あの人は違った。フェイヴ・オブ・グールはね」 その言葉に賞賛と尊敬の念が含まれていて、俺の中の黒い感情がとぐろを巻く。 「でも、非道な事も沢山した。敵の能力も、仲間の能力も再利用するために沢山処理した。彼ら彼女たちの死体の眼は私を責めたわ。『どうしてこんな酷い事をするの?』ってね」 「……そうか」 「……家を出たとき、私は死んでいた。心がね、死んでいた。それでもフェイヴ・オブ・グールは私の心を救ってくれた。だから私の命を掛けて、彼に忠誠を尽くすと決めている。ねぇヨシユキ」 リンドウが立ち上がる。夕焼け空を背景にして、黒い髪が揺れていた。 「世界と対峙する勇気はある?」 その真剣な瞳を見て、嘘は駄目だと思った。そもそも、陳腐な俺の嘘など通用しないだろう。 俺の心の中を探る。俺の心を解体し、分析する。心の奥底まで覗いた時、答えは見つかった。 「ある」 それは本心だった。だが、続く言葉を俺は言えなかった。 俺のもう一つの本心を。 「そう、良かった。これでやっと ……終わる事が出来る」 何? そう言おうとした瞬間、リンドウが俺に覆いかぶさってくる。 抱き合ったままベンチの椅子から倒れて、俺とリンドウは地面に体を打ちつけた。 「な、なんだ?どうしたリンドウ」 腰に回していた手が熱く濡れている。嫌な予感がしながら恐る恐る掌を目の前にかざした。 赤い鮮血。リンドウの血だった。 「おい!大丈夫か!」 俺は必死に呼びかける。立ち上がろうとするが、リンドウがそれを許さず俺の肩を抑える手が離れない。 「まだ、立ち、あがっちゃ、駄目。狙わ、れて、る」 喘鳴しながらリンドウが声を掛ける。唇からは鮮血。だが、何かをやり遂げたように微笑んでいた。 駄目だ。人が、そんな顔をしてはいけない。 リンドウを無理やり引き剥がして、横に優しく寝かせる。 腹部に穿れた穴から流れる鮮血が、血だまりを造っていた。 リンドウが鎮痛剤らしき錠剤を合成して口に含む。 「お、おい。お前らの組織に医者はいねぇのか。もうすぐ夜になる。そうすればお前の置換能力でそいつの所にまで飛んでいける!」 リンドウはフフ、と薄く笑った。 「……嫌だ」 「……何でだよ」 リンドウの瞳が、力を失っていく。闇のような瞳の中に、藍色の空が映っていた。 「幸せが無い世界で生きていくのは疲れたわ、ヨシユキ。誰かを恨んだり、恨まれたりする世界もね。 それにね、ヨシユキ。あなたの『夜』の能力は、私の死を因子として発現する。そう『運命レポート』に書いてあった。私はそれに従うだけ。 あなたは大丈夫。私の最後の力を振り絞って、アジトへ連れていく」 それは、贖罪者のような底知れない忠誠心。 敵わない、そう思った。 リンドウのように世界と対峙するために自らの命すら犠牲にする事は、俺には出来ない。 太陽が微かな光を放つ。それはリンドウの命の残り時間を示しているようだった。 リンドウが死んでしまう。これから先に続くはずの未来が、消えてしまう。 ――嫌だ。 リンドウが死ぬのなら、俺の命を犠牲にしろ。 大っ嫌いな能力よ、俺のために力を貸せ。 「うおおおおおおおおおおおおお!」 時間がゆっくりと遅くなる。 太陽の最後の残滓が消えかける頃、全ての時間は停止した。 やがて、俺の能力と世界が対峙を始める。 世界が刻む時間の音が、ぶっ壊れる音を遠くに聞いた。 「世界と対峙する勇気はある?」 リンドウがそう聞いている。 リンドウが生きている。 世界と対峙なら、さっきしてきた所だ。 だから俺は自信を持って、こう答える。 「ある。お前が好きだからだ、リンドウ。お前を守るために、俺はどんな敵とも戦う」 予想外の言葉にリンドウが硬直し、次の瞬間、赤くなった。 「な……な……」 「伏せろ、リンドウ!」 俺はリンドウを抱きかかえて横に跳躍する。 それまで俺が居たベンチに銃弾が突き刺さる。 「……俺は認めないからな、リンドウ」 「な、何が?」 硬直していた腕の中のリンドウに向けて、俺は言ってやる。 「世界と対峙するために、お前がお前の命を捨てるなんて認めない。きっと、お前の幸せは何処かにあるはずだから、それが見つかるまで俺が守るよ」 リンドウは顔を赤くして、はぁ~と溜め息をついた。 「私の本心を見抜くなんて、『運命レポート』には無かったわ」 「じゃあ新しく作り直すんだな」 太陽が沈む。夜の能力さえ使えれば、リンドウの置換能力でここを脱出できる。 太陽の残滓が沈む。沈んだ。昼と夜の能力が切り替わる。 「今だ!」 「……嘘。どうして発動しないの?」 リンドウの驚く声によって何かしらの問題が発生した事を確認。 そしてデパートの出入り口付近に、黒服の男が立っているのを眼の端で確認した。 そいつは黒い帽子で目元が見えない。 傭兵事務所“イモータル”の最後の一人、ゼンだった。 「女。『お前の能力は回収した』」 ゼンが呟く。低いが若い男の声。 リンドウが目を細めて、相手の能力を“鑑定”しようとする。 「……やめておけ、女。『お前の視力を回収する』」 リンドウが急に目を押さえてうずくまる。 その時になって初めて、リンドウの手首に赤黒い細い糸が絡みついている事に気付いた。 俺がその糸を足で斬ろうとしたが、まるで生きているかのように糸は回避。 その糸は黒服の袖口からゼンの手首の中へと収納されていく。 「リンドウ!大丈夫か!?」 「目が……視えない」 俺が彼女の顔を確認。 リンドウが目を開けてきたが、傷や損傷などは認められない。 ただ、瞳孔が広がっており、リンドウが光を失っているのは分かった。 「てめぇ、何しやがった!」 激情のまま黒服の男へとルローから貰った銃を向ける。 「その女の視力を回収した。俺の能力を解析されるのは、俺に不利だ」 「……返せ」 「その銃で俺を殺せば、自然と返る」 発砲。俺は躊躇なく顔面を狙った。 「……ただし、俺を殺せればの話だ」 ゼンが首だけ避けて回避していた。 銃口からの弾道の射線を見切って、指が動くと同時に動きやがった。 なんて度胸と反射神経をしてやがる! 「……リンドウ。一旦退く」 「……私を置いていって」 リンドウの言葉は無視。無理やり肘を掴んで立ち上がらせ、彼女の腕を肩に巻く。 だが、唯一の出入り口であるデパート屋上の出入り口は男が立ちふさがっている。 飛びおりようにも十階建ての建物から飛び降りるのは自殺に等しい。 吹きぬけていく夜風が、俺の冷や汗に当たる。 ただ俺はゼンに銃を突き付けたまま、立ち止まらせる事しか出来なかった。 優位を確認したゼンが言葉を紡ぐ。 「所長と違って、俺は貴様らの仇討ちしか考えていない。所員24名の命、その命で償え」 ゼンが動こうとした時、俺の左手が掌で制す。 「待て。ここは話し合いと行こうじゃないか」 「男。話し合いとは対等の立場の者が行うことだ。命乞いなら聞くまでもない」 歩み始めるゼン。 「だから待てって。俺の夜の能力は強力だ。全員死ぬぞ」 もちろんハッタリだ。俺に夜の能力なんてない。 余裕そうに演技の笑み。頼む、通じてくれ。 ゼンが歩みを停止。怪訝そうに黒い帽子を少し上げて、険のある視線が俺を射抜く。 ゼンが含み笑いを漏らした。 「バッフも持っていないのにどうやって?」 ……こいつも鑑定士の力を持っているのかよ。 再び歩き出したゼンに向かって、俺は祈った。俺の能力が開花する事を。 頼む。なんでもいいからこいつを止めてくれ。 無意識にゼンに向けていた左手を握りしめた。 小さな爆発音。俺らの足場が揺れた。 「なっ」 驚きの声をあげたのは俺だった。 ゼンは俺に一瞥をくれただけで視線を外し、警戒して周囲を見回す。 こもった爆発音は段々と近くなってくる。 再度の爆発音。そして、ゼンの足元に放射状に亀裂が走り、粉砕。 ゼンは後ろに跳んで回避した。 大きく開いた穴から飛び出す茶色の影。 「にゃははははっ!ルロー様の登場にゃ!」 屋上の足場を粉砕しながら、ルローが飛び出してきた。 白黒パンダの遊具が、空けられた大穴へとずり落ちていく。 「ルロー!いったいどうやって此処に?」 安堵のため息と共に、疑問を吐く。 「ヨシユキの携帯のGPSを辿ってきたにゃ」 フェムとの戦いの後、ルローから黒い携帯を貰った事を思い出す。 「『運命レポート』通りに行ってなかったからにゃ。心配でアジトに向かわず戻ってきたにゃ」 ルローは俺たちの隣に立つと、リンドウに話しかけた。 「リンドウ。生きてるかにゃ?」 「……生きてる」 「『運命レポート』通りに行かにゃかったとは言え、生きてた方がうちは嬉しいにゃ」 満面の笑顔でリンドウの頭をポンポンと軽く叩く。リンドウは少し照れたように俺の肩に顔を沈めた。 「とりあえず、問題は目の前の男だ」 ゼンは真っ黒な服についた汚れを払いながら立ちあがった。 「現れたな、猫。“イモータル”副所長として、仲間の仇を取る。貴様だけは許さん」 「お前もあの腐れ髭豚と同じ運命を辿ればいいにゃ」 互いの間に膨れ上がる殺気。 ビリビリとした熱い空気を感じる。 ルローが駆けだす。先制の投げナイフは、ゼンの黒服を掠めるだけ。 ゼンは銃をずらして撃ってきたが、ルローは難なく回避した。 「……生体強化人間か」 「そんなもの当たらないにゃ」 間合いを詰めたルローが左手を突き出す。 ゼンが応射しようとしたが、その動きが急速停止。 銀のナイフを持った右手ではなく、何も付けていない素手の左手で攻撃してきた事に疑問を持ち、回避を優先する。 回避されたルローの左手は、壁に触れた。その瞬間、白く光る。 爆発。コンクリートの壁に大穴が開いた。 爆風と飛んでくる小石から逃れながら、ゼンは鋭く睨んでルローを“鑑定”する。 「……くっ!猫、貴様。触れた物を指向性を持たせて『爆発させる』能力か!」 「お前も鑑定士かにゃ。でも、能力を見られたからってどうってことないにゃ」 爆発で生じた粉塵に紛れながらルローが急速接近。 「さっさと死ぬにゃ」 逃げられない絶好の位置で、ルローが再び左手を突き出す。 その左手に、男の袖から伸びた赤黒い糸が絡みついた。 「猫。『お前の能力を回収する』」 ゼンの胸板に、ルローの左手が触れる。 何も起こらない。 「にゃっ!?」 特大の隙。 渾身の蹴りが、ルローに叩きこまれた。 ルローの体が軽々と宙を舞い、屋上中央の小さなメリーゴーランドの柱を折りながら停止した。 「ルロー!」 呼び掛ける声で茶色の体が跳ね起き、俺の元へと一蹴りで飛んでくる。 「にゃはは……しくじったにゃ」 無事そうな様子を見せても、ふらふらとした体の揺れは隠せていない。 「詰みだ。貴様らに能力を使える奴は居ない」 ゼンが俺らへと殺意の視線を向けてくる。 俺はため息をつく。 諦めの息を。 「ルロー。悪いがリンドウを頼む」 疑問符を浮かべるルローに、視力が戻っていないリンドウを預ける。 二人は能力を封じられ、リンドウは目が見えず、ルローは手負いだ。 俺は弱い。どうしようもなく弱い。 このままでは三人とも死ぬだろう。 だからと言って、仲間の命を諦められない。 だから、まだ動ける俺が二人が逃げる時間を稼ぐために、ゼンを足止めする。 だから、俺は俺の命を諦める。 「お別れだ。リンドウ、ルロー。楽しかったよ。能力者なら、また探してくれ」 「そ、んな。ヨシユキ……」 目の見えないリンドウが手を伸ばしてくるが、俺は一歩下がってその手から逃れる。 「これが、俺の運命だ」 俺がルローに視線で指示する。 ルローはただ黙って頷いた。 「じゃあにゃ、ヨシユキ」 リンドウを担いで、ルローが爆発で空けて来た穴に入ろうとする。 「そうはさせん」 ゼンが銃を構え、動きづらい二人を撃つ、事は出来なかった。 限界以上の脚力で走ってきた俺が、その腕の銃ごと腕に抱え込んだからだ。 「逃げろ!」 「ヨシユキ!」 俺の視線とリンドウの視線が一瞬交差し、やがて穴の中へ消えていった。 俺はゼンの腕の一振りで吹き飛ばされ、背中から地面に激突する。 ゼンは穴を見て二人を追おうとしたが、足を止めた。 「……やれやれ」 ゼンはため息をついた。 「男。貴様には貸しがある」 背骨を打った激痛に呻きながら、俺は上から降ってくるゼンの声を聞いた。 「事務所が襲われた時、所長トルトルは俺たちを見捨てて逃げた。裏切りは死だが、俺には仲間である所長を殺す事が出来なかった」 痛みを無視して立ち上がる。 「だが、貴様は俺の代わりに所長に処罰を与えてくれた。その点だけは感謝している」 「……感謝ついでに俺らを見逃せよ」 脳震盪で意識が揺れたが、痛みも何もかも無視。目の前の男に集中する。 「それはできん。だが、ハンデをやろう」 折れたメリーゴーランドの柱から、適当な長さの金属の棒を俺に放り投げて来た。 「俺は貴様を一撃で殺す事はしない。その代わり、味覚、嗅覚、触覚、視覚、聴覚の順に奪っていく」 震える腕で、俺は鉄パイプを構えた。 「最後に奪うのは、貴様の命だ」 俺が走り出す。銃は避けられるので撃たず、まずはこの棒で脚を潰す事を考える。 「うおおおおっ!」 思い切り振りかざし、頭を狙うと見せかけて脚を狙う。 小さく跳んで躱された。赤黒い糸と右手が俺の頭を押さえつける。 「まずは『お前の味覚を回収する』」 そのまま地面へと叩きつけられる。 痛みを堪え、回転しながら離脱し、すぐさま立ち上がる。 俺はペロリと口の中を切った傷を舐めた。 「……なるほど、味がしない」 そこには熱い痛みだけがあった。 「脚を潰してしまえば追跡できなくなるか。賢いが、やるなら殺す気でかかってこい」 ゼンは黒い帽子の位置を修正し、俺を睨んでくる。 相手は戦闘のプロだ。俺のような素人は素人らしく、素人の作戦で行く。 鉄パイプをやたらめったら振り回し、近づいていく。 「……ほう」 ゼンはギリギリの位置で後ろに下がっていく。 クソッ、なんで当たらないんだよ! 俺が腕を振り回して疲れかけたところへ、顔面への赤黒い糸との拳の攻撃。 「『お前の嗅覚を回収する』」 殴られた勢いのまま、後ろへと倒れる。 先程までしていた鉄と潮の匂いが消え去った。 鼻を押さえて、立ち上がる。 「次は触覚だ」 絶対王者のように、ゼンは立っていた。 最初にリンドウの置換能力を押さえられてよかったと、ゼンは思った。 最初のだけは完璧な詐術だった。 気付かずに糸を絡ませれたおかげで、リンドウは置換能力が使えなくなったと勘違いしてくれた。 その後に声を掛ける事が出来たが、もしあのまま敵のアジトへ『接触していたデパートごと』一緒に跳んでいってしまったら、さらなる敵と戦うところだった。 ヨシユキの荒々しく投げ出された拳を掴み、フックを繰り出す。 「『お前の聴覚を回収する』」 これでヨシユキの五感を麻痺させる事に成功した。 ゼンの能力は手首についた赤黒い糸に触れた物に、声で干渉する『絶対暗示』の能力。 『回収』などという言葉は詐術。相手に不安を与えるためだけの言葉だった。 五感を封じ込められたヨシユキが暴れだしたが、難なく背後を固める事に成功する。 命を奪おうと首の骨を折ろうとし、無駄な労力だと気づいてやめた。 「……やれやれ」 五感を奪ってしまえば、もう何も出来ないのだから。 暴れるヨシユキをそのまま放置し、二人の後を追おうと穴へと向かう。 銃声。ゼンはゆっくりと振り返る。 視力も触覚もないはずのヨシユキが、銃を構えていた。 ただし、見当違いな方向へ。 ゼンが見ている間にも、二、三発、方向を変えて撃っていた。 「……視力は無い。目を閉じて撃っても、当てれる人間などいない」 無視して進もうとし、足元に着弾するのを感じて再び振り返る。 感じたのは、底知れぬ不安感だった。 ヨシユキの視力を失ったはずの眼が、確かにゼンを見ている。 気のせいか、ヨシユキの周りに青い霧が発生しているみたいだった。 「……はっ。俺とした事が」 この矮小な男に感情移入でもしてしまったとでもいうのか。 仲間を守る姿が、以前のイモータルが壊滅したときの自分の姿とダブったとでも? 首を振って意識を戻し、次の瞬間、すぐに首を横に向けて避けた。 銃弾が掠めて、黒い帽子が吹き飛んだ。ゼンの驚愕した顔が露わになる。 「……な……」 あり得ない。そんなはずはない。 『絶対暗示』の能力を破るなんて事は。 そんなゼンを嘲笑うかのように、ヨシユキの唇は歪んでいた。 「視え…るぞ。お前の…姿」 ゼンは反射的に銃を構え、撃つ。 ヨシユキの腹部に着弾。 撃つ。 右肩を打ち抜いた。 撃つ。 左脚が血で弾けた。 ガチガチガチ。 銃弾は無くなった。 空っぽになった銃をそれでも構え、フェンスに倒れたヨシユキに近づいていく。 倒れて動かないヨシユキを引きずり起こす。 その瞬間、襟首を掴まれ、開いた口の中に堅い先端が入れられた。 銃の先端だった。 「!!!」 「お前に…あいつらを…殺させは…しねぇ」 掴んだ力は強く、ゼンの体は恐怖で動かない。 脂汗の浮かんだ苦渋の表情で、ヨシユキはゼンに言う。 「お前を…逃す事は…リンドウの…『死』に繋がるから…それだけは…駄目だ」 ヨシユキの顔に、何かをやり遂げたような笑みが浮かぶ。 ゼンは逃れようとするが、掴まれた襟首は怪物のような力を持っていた。 「じゃあな…ゼンさん」 引き金が引かれる。 ゼンの意識は、そこで途切れた。 登場キャラクター 風魔嘉幸 リンドウ 霧裂=ルロー ゼン 上へ
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雨宮 リンドウ 4/1/1 2:0 ○ ○ ○× × ×× × × アタッカー (自動)このユニットはフリーズ状態の場合、相手イベントカードの効果の対象にならない。(自動)このユニットはリリース状態の場合、相手ユニットの効果の対象にならない。
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作者:◆IulaH19/JY 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】 【10】 「了解シタ」 フェムは携帯電話の電源を切る。現在は風魔家の門前に居た。 赤外カメラにより内部に二名の人間を確認した。 ガシャンと、両腕から菱形の金属板を出す。 ――私ニハ、ワカラナイ。生キテイルトイウ事ガ、ドウイウモノカ。 両腕を空に突き出す。 能力ノ発生。 誰にも知覚されないが、空ではある異常が発生していた。 それをそのまま下へと振り落とす。 目の前の住宅が圧壊した。 雷が落ちたような轟音と衝撃で地面が揺れる。 衝撃波で飛んできた等身大の木材を腕の盾で受け止める。 ――殺人ニヨッテナラ、分カルカモシレナイ。生キテイルトイウ事ガ。 「……サテ、死体ヲ確認スルカ」 「くそっ、透視能力が薄れてきた!」 俺が新しく薬で得た昼の能力は“視界に入る地点に一瞬で移動できる能力”。 壁の向こう側を透視して移動できたということは、移動中は壁など関係なく無制限のテレポートなのだろう。 それを透視能力と組み合わせることで、病院裏の森林を難なく抜けてくることが出来たのだが…… 「やはり能力は一つだけってことか」 山を抜けて住宅街に入った地点で透視能力は消えてしまった。 このままの能力でも十分早いが、移動速度は数段落ちる。 携帯も財布もなく、追跡されているだろうから立ち止まれない。 「連絡手段は……直接会うことか」 親父、お袋、どうか無事でいてくれ。 跳ぶ先を目で確認したとたん、足が止まった。 「やほ~」 リンドウがそこにいた。分厚い眼鏡を掛けて、分厚いレポート用紙を持って。 「ちゃんと時間通りに来たね」 「……リンドウ。どけ。悪いが今は構っている暇はないんだ」 リンドウを避けて跳ぶ位置を目視する。 そこをリンドウの掌が俺の視界の邪魔した。 「リンドウ!」 「……行っても間に合わないよ」 レポートに目を落としながら、焦る俺を尻目にリンドウが呟く。 「あなたが病院に行った時点で、風魔ヨシユキとその家族が今後出会う運命は、一つも存在しない」 ガラガラと、人間の力とは思えない力で屋根を取り除く。 フェムは空気を匣型に切り取って、それの重さを自在に変えることができる。 上空からの空気の攻撃は、木造住宅には一溜まりもなかった。 「ヤハリ……即死……」 内臓が潰れ、顔も判別できない程に砕けては人は生きてはいけない。 「アッケナイナ」 そのように無残な死体を見ても、フェムの心には何の感傷も起さなかった。 ――生キテイルトハ、ドウイウコトダ? 携帯を掛け、トルトルに任務終了とだけ伝えておく。 サテ、次ハ何処ニ行コウ。 フェムには意思が無かった。忠実に命令に従い、その命令をこなすためだけの日々。 行き先など決まらず、携帯の時計の数字を見つめ、ただ立ち尽くしていた。 「やあっ!」 鉄パイプで頭を殴られた。 フェムの脳内にゴーンと音が鳴り響くが、損傷なし。 曲がった鉄パイプを握った瓶底眼鏡の女が痛そうに手首をさすっていた。 「いたたたた、なんつー石頭。鉄パイプの方が曲がるなんて……」 腕を一閃したが、女は猫のように機敏に後ろに下がり、捕まえられなかった。 戦闘モードに移行しようとしたが、それより先に誰かに首を掴まれていた。 「ひと一人分くらいは触れていれば一緒に跳べると、リンドウで検証済みだぞ、と」 振り返ると青年が双眼鏡を持って何かを探していた。 「変なおっさんと黒服が来る前に立ち去るぜ」 「オ前ハ……風魔ヨシユキ」 「見つけたっ!灯台!」 一瞬で風景が一変した。灯台の屋根の上にいて、朝日が海面を照らしていた。 ブンッ、と殺すつもりで腕を振るうが、引き裂いたのは空気。 「こいつは壊させてもらう」 いつの間にかヨシユキは灯台の下の地面に降り、フェムの携帯を二つに折った。 誰かもう一人いるが、光の反射で姿の判別が付かない。 「さぁ超能力バトルと行こうぜ、お兄さん」 フェムは戦闘モードに移行した。 登場キャラクター フェム 風魔嘉幸 リンドウ 上へ
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作者:◆IulaH19/JY 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】 【10】 ガラスケースに陳列された商品は競うようにその姿を晒す。 その中に大きなガラス瓶があったが、ジャムでもいれる物なのだろうか。 俺たちはその横をすり抜けて歩いていく。 「どうかしたかにゃ?ヨシユキ」 「暑い」 俺はダウンジャケットを脱ぎ、脇に抱える。 リンドウは手を口に当てくすくすと笑っていた。 「凍らせる能力は寒さにも耐性を持つみたいね」 「そうみたいだな」 ふー、と掌で扇を作り、パタパタと扇ぐが全然涼しくならない。 まさか、先程のたこ焼きに薬が入っていようとは。 周りを見渡す。正午過ぎで太陽が照っているとはいえ、春先でこんな薄着になっているのは俺だけか。ちと恥ずい。 先程のオープンカフェで新しい薬を飲んで10分。テレポート能力は完全に消えた。 リンドウは俺の額に手を当てたりして、興味深く効果の具合を確かめていた。 「体温の変化は無し。だけど体感温度は変わっている。能力の一時的な複合によるショックや副作用は認められないわね」 今のところは、と付け足すリンドウ。何だ、今のところはって。 「ところでどうして今度は凍らせる能力なんだ?」 「どうしてって、戦闘用」 「戦闘……」 「尾行している二匹の蝿を叩き潰すのにゃ」 ルローが両手をパフンと叩き合わせる仕草をする。 恰幅(かっぷく)の良い髭面トルトルと、黒服のゼンの事か。 「なぁ、どうして奴らは俺らを追ってるんだ?いや、俺らというかリンドウをか」 かねてからの疑問を二人に聞く。 「さぁ。以前壊滅させた組織の復讐かしら?」 「この前のイモータル壊滅作戦は面白かったにゃ。いくら斬っても死にゃにゃい人間ばっかりだったから夜の能力に切り替わるまで相手を斬り続けてたにゃ。何人かには逃げられたけどにゃ」 「……なんとも頼もしい限りで」 やはり、そのような争いもするのか。 俺にはまだそのような覚悟はできない。 だとすれば今、こいつらから逃げ出してみたらどうだろう? だが、何故かこいつらとは縁を切りたくない感情があった。 「それとコレを渡すにゃ。扱いに注意するにゃ」 「うぇ」 ルローが袖からひょいと取り出したそれは、黒光りする玩具のようでずっしりと重い、本物の拳銃だった。 急いで腰の裏のズボンに突っ込む。 「人ごみで取り出すなよ」 「にゃはは、注意するにゃヨシユキ。そろそろ来るにゃ」 何が、と聞こうとして背中に悪寒。ビリビリと痺れるほどの。 これはフェムやルローを前にしたときに感じた、本物の殺意。 ルローのフードがピクピク動く。金色の瞳がフードの陰からせわしなく左右を見ている。 リンドウも、ルローの死角を何気ない振りを装って見渡している。 俺も会話している振りを装って、集中して周囲を見渡す。 時間が遅くなったような感覚。 街の喧騒が、耳触りで酷く騒がしい。 「街中で仕掛けてくる確率は低かったはずににゃ。なりふり構ってられにゃくなったかにゃ?」 俺に向けられる殺意は一つ。背筋が凍りつくような暴力的な圧力。 オブジェの鐘が、午後一時を告げる音を鳴らした。 噴水が水を噴き上げる。 信号が変わり、歩行者と人が歩いていく。 ひどく時間がゆっくりと感じられた。 「奴らはこんな街中で荒事を起こす気なのか?」 「そんな連中の集まりよ。彼らも、私たちも」 水色の服を着た男の子が走って俺らの脇をすり抜ける。 ルローが俺の襟首を掴んだ。 「噴水にゃ!」 無理に引っ張られて地面へと強制的に伏せられる。 倒れる間際、噴水に奇妙な金色のオブジェが浮かんでいるのが見えた。 金色のリボルバー。それが撃鉄を起こし、薬莢を叩く。 銃弾が子供の肩を掠めて倒れさせた。 突然の光景に、俺の脳内が停止。そして、激烈に怒りが沸き起こってくる。 「あらら、水辺からの狙撃は無いと判断してくれんかったか」 「金色の銃なんて目立ちすぎにゃ。次からは銃も透明にしておくべきにゃ」 ルローが俺を街道の大きな植木鉢の陰に隠しながら時間稼ぎのために返答する。 トルトルが透明な液体の姿で噴水から出てくる。その姿はさながら水の魔人だった。 街中は、三秒ほど普段の光景を保ったが、歩行者が一人、また一人と気づき、悲鳴が連なる。 日常は崩壊した。俺は植木鉢に姿を隠しながら、子供を保護し建物の陰に隠れる。 リンドウに少年を診せると彼女は傷を確認するやいなやポーチから医療器具を取り出しアルコールで殺菌、血止めを行い、傷口を手早く縫合していく。 増血剤として能力で合成された錠剤が子供に飲まされる。 その時間、わずか三十秒。 その子供を父親らしきサラリーマンがリンドウに礼を言いながら奪い取るようにして逃げて行った。 「ほんとはな!能力で戦いたかったからな!わざと気づかれるように撃ったんよ!」 周囲の悲鳴に負けぬように大声で叫ぶトルトル。透明な人体模型の肥満型の姿。 「家畜が人間様に許可なく喋るにゃ、髭豚」 ルローも両手から銀の爪を取り出す。黒い霞も纏わりついて、本気モードだ。 トルトルとルローが互いに走り出す。俺は建物の陰から二人の様子を見ていた。 ルローが投げた銀のナイフは水を突き抜けてトルトルの背中から飛び出す。見た目的にはダメージを受けていないみたいだ。 トルトルは体中の水を腕に集中させて振り下ろす。それは水量に任せた大瀑布の攻撃。ルローは見切って回避した。 俺の傍で同じように観察していたリンドウが俺に情報を与える。 「彼は傭兵事務所“イモータル”所長、トルトルね。仲間の仇討にでも来たのかしら?」 「奴の能力は?」 「水になる能力。殺し方は不死身を利用して接近したあとに窒息させること。あなたのすることはルローの合図で飛び出すこと。彼のリボルバーに注意して」 「了解」 そして注意深く二人を観察する。 一見不利だと思われるルローは、それでも不敵に笑っていた。 ルローの黒い霞による能力の一閃。トルトルの透明な液体に朱が混じる。 「ぐわあっ!水を斬りやがった!?」 「ルロー様に不可能は無いのにゃ。ヨシユキ!」 合図。俺は飛び出す。 トルトルが俺にリボルバーの先端を向けてくるが、銃身をルローが切り裂いた。 「うおおおおおおおおおおっ!」 恐怖に負けぬよう叫びながら、両手に能力を最大限に発動。 氷の冷気が飛び出す。俺の手が凍りついたが、冷たさは全く感じない。 冷気が水男に直撃。トルトルの腹部が凍りつく。 だが、能力が急激に減少していった。 「どうして冷気が十分に出ない!」 「なんや知らんけど助かった!?」 青ざめる俺とは対照的に、好機を見出したトルトルの右腕の水量が増大。 一気に加速して俺に殴りかかってくる。 だが、俺には全てがスローモーションに見えた。 極限状態で剣術の極意にでも触れたのかもしれない。それに感謝しつつ、わざとトルトルに向かっていた自らの脚を絡ませて、盛大にこける。 右の頬を地面に強く強打。血の味が口の中に広がった。だが、それが幸いした。 俺の頭上を過ぎていった水の腕は、コンクリートの建物の壁に亀裂を入れていた。 避けなければ、俺の体が四散していただろう。 だが、脅威は終わらない。トルトルの左腕が急激に増大。 脚が絡まった体勢で倒れたため、すぐには起きられない。 ルローが能力で左腕に斬りかかるが、トルトルが痛みを無視して水量を増大させていく。 その腕に何処からともなく飛翔してきた大量の白い粉がブチ当たる。 大量の白い粉はトルトルの水の体を固め始めていた。 みると、建物の陰に隠れていたリンドウが両手から消火器のように粉を噴出させていた。 おそらく乾燥剤か凝固剤。それを理解したのかルローの黒い爪が斜めに動く。 ルローの攻撃が左腕を捉え、斬りつけた左腕がいとも容易く切断された。 トルトルの白い粉でドロドロになった口が動くが、言葉は出なかった。 残忍な笑みがルローの口の端に浮かぶ。 あっさりとトルトルの首をルローが刎ねた。両断された首と胴は再び接合することは無かった。 俺は立ち上がり、しばらく待っても動かないことを確認して、盛大に深呼吸をした。ふー。 「あ、危なかったー」 「どうしたにゃ、ヨシユキ。さっきは全然役に立って無かったにゃ」 「能力が低下してるわね。どうしてこんな症状が」 確かに、凍らせる能力が低下したせいで、気温の上がりきらない春先の寒さが堪える。 道端に落としていたダウンを拾い上げ、再び着る。 「リンドウもリンドウにゃ。途中で出てきちゃ駄目にゃ」 「仕方ないじゃない。私の後任が不甲斐ないばっかりに」 不甲斐ないと言われた俺は両手を広げておくしかない。ん、後任だと? 「一応、首を持って帰るかにゃ。まだ生きてるだろうから途中で復活されても困るにゃ」 そう言って一番近かったリンドウがトルトルの白く固まった頭部を拾い上げる。 だが、俺はトルトルの白く固まった体が動くのが見えた。 俺が警告を発しようと思ったと同時に、固まった体から腕を突き出し、男の拳がリンドウの腹部を直撃。 苦痛で意識を失ったリンドウを腕に捉えた。 「つーかまえたー」 トルトルの歪んだ笑みが、そこにはあった。 トルトルが完全に白い体を脱ぎすてる。 先程口が動いているように見えたのは、頭を胴体に引っ込めていたからだろう。 詐術に騙された。 トルトルはよりにもよって、俺が凍らせた体の一部を剣のようにリンドウの首筋に付けていた。 トルトルの暴発を防ぐため、ルローが俺を引っ張って大きな柱の陰まで退避する。 「別に君らに興味は無いんや。そっちが見逃してくれたらうちはこのまま去るけどどうする?」 「リンドウをどうする気にゃ」 陰に隠れながらルローが聞く。対策を考えているようだった。 「リンドウ君はうちらの仲間にする。もともと、優れた能力者を集めるために事務所を経営しよったんやけど、リンドウ君の能力者の死体から能力を奪う技術があれば人件費も安く抑えられると思ってな」 「能力者が道具かにゃ」 「君らの組織だって同じやろ。ヨシユキ君。あんまり彼らを信用せんほうがええよ」 トルトルが俺の動揺を誘うが、俺は揺れない。 「そうかもしれない。だが、お前よりは嘘を付きそうに無さそうだな」 「ほう、どうしてや?」 「嘘を付くのは弱者だけだからだ」 「暗にうちを弱者として罵ってるわけか。ま、ええわ。それでどうするん?」 「ちょっと待つにゃ」 ルローが俺に向かって小さな声で問う。 「……何か隠し事してないかにゃ?」 あまりの意外な発言に俺は動揺した。 「『運命レポート』にはこんな展開は無いにゃ。冷気の能力の低下といい、リンドウの捕縛といい、何かのイレギュラーが発生している可能性があるにゃ」 「いや、何もない……待てよ。先程から戦闘に入ったときだけ、時間が遅く流れるように感じるんだが……」 「にゃるほど」 ルローがポリポリと頭を掻く。 「お前の本来の能力が目覚めかけているにゃ。能力の早期発現も、何らかのイレギュラーが発生した結果のせいにゃんだがにゃ。ま、今は目の前の出来事に集中するにゃ」 そうだ。リンドウが危ない。 「奴らはリンドウを拷問にかけて無理やり協力させる気にゃ。まぁ、奴ら程度に従う女じゃにゃいから毒薬で自害するだろうけどにゃ」 そんな事は許せないし、許さない。俺は自然と拳を握りしめていた。 「『運命レポート』に書かれていない以上、取る選択肢は二つにゃ。奪還か撤退、どちらを選ぶにゃ?」 俺は腕に弱まった冷気を集中させる。 「決まっているだろ」 「にゃはは。じゃあ行くにゃ」 唇の端から牙を見せて、ルローが笑う。 俺とルローは柱の左右から飛びだした。 「やっぱり来たか!」 トルトルの腹腔が増大。口から水飛沫を噴き出す。 それはトルトルの体の脂肪だった。それが地面に穴を空けるとはどんなエクザをしてやがる。 だが、命の危険を感じたときだけ、俺は時間がゆっくりと感じる。脂肪の水弾をギリギリで回避した。 ルローはフェムの拳ですら見切っていただけあって、この程度は余裕でかわしていた。 トルトルがリンドウの首筋につけていた氷の剣を外す。 そしてリンドウを高々と放り投げる。 戦闘力の低い俺が、地面へと落ちていくリンドウを受けとめるためそちらに走る。 俺の背後から迫る氷の刃。 俺は前転しながらそれを躱す。 放り投げられたリンドウはルローが受けとめた。 「よくかわしたなぁ!ヨシユキ君!」 「あたりまえだ、そんな見え見えな手!」 本当はトルトルの思考が分かったのだ。俺の方が奴より弱いから、詐術には強い。 「だが、君じゃうちには勝てんよ」 「くっ」 前転した回転を利用して、立ち上がるが、目の前には氷の刃。 ルローはリンドウを受けとめたせいで動けない。だったら生き残るために俺が戦うしかない。 俺はトルトルの胸に突っ込んで、能力を全力で発動。腕と肩を凍らせる。 「うおっ!?」 回転の軸を凍らせてしまえば、氷の刃は動かない。 俺の本来の能力とやらは、戦闘時に高速の思考が出来て色々と役に立つ。 だが、凍らせる能力がほとんど消えてしまった事に気付いた。 封じ込めれたのは右肩と右腕だけ。 俺を掴もうと左腕が伸びる。 今の無力な俺を掴まえてしまえば、無理やり鼻腔やら口から水を飲ませることで窒息死させることが出来る。 だが、その腕は空を掴んだ。 「なっ……消えやがった!?」 トルトルが半身を凍らせた体勢のまま、左右を見渡す。 「おい、おっさん」 驚愕している髭面に背後から呼び掛ける。 「こいつ!いつの間に回り込んだ!」 ……その指摘は間違いだ。 俺の本来の能力とは、おそらく俺の時間を早めるものなのだろう。 トルトルがゆっくりと俺の残像に手を伸ばしている間、俺はショーウィンドウに飾られていたあるものを盗んできてからトルトルの背後を取った。 あるものとは、握りこぶし大のジャムの瓶。 それをトルトルの脈動する胸の一点に突き刺し、蓋を閉める。 トルトルが反応するまえに腕を高速で取り出すと、ジャムの瓶の中には透明な心臓が入っていた。 それをキラキラと目を輝かせているルローに投げる。 人体蒐集家として透明な心臓に興味を持ったのだろう。 「……はっ、心臓抜かれたからと言って、死にはしないよ」 焦るトルトルが体の構造を変化させる。 代用で人工心臓を創り上げていた。 「そうだな。昼の間は死にはしないだろう」 俺は腕時計を確認。午後二時を指していた。 「だが、夜の能力に切り替わったとき、心臓が無ければどうなるかな?」 「……こんのぉ、糞餓鬼!」 水の拳を俺は能力で回避する。何もかもが遅い。 こいつを殺す気は無かったが、リンドウを傷つけたのなら話は別だ。 ドロドロとした黒い感情が、俺に歪んだ笑みを作らせた。 「ルローは追わなくていいんですか?」 見るとルローは心臓を掲げて街路を颯爽と走って行った。 トルトルは盗まれていく自分の心臓を見、余裕の表情の俺を見、意識を取り戻したリンドウを順番に見た。 「くそおおおおおおおおっ!」 トルトルは沸騰した形相でルローを追いかけていった。透明な顔で感情が分かりにくい。 「待てや糞猫!ぶっ殺しちゃる!」 「にゃはは!仮に殺されたとしても返さないにゃ!」 ルローの楽しそうな声と、トルトルの怒りの声がだんだんと小さくなっていくのを確認して、俺は膝を付いた。 余裕そうな演技をしていてよかった。もう俺の意識は限界だった。 初めて体験した、俺の常識外れの能力。だが、過剰な情報量が俺の脳に過負荷を掛けていたらしい。 駆けよってくるリンドウの無事な姿を確認したとたん、俺の意識がブラックアウトした。 登場キャラクター 風魔嘉幸 リンドウ 霧裂=ルロー トルトル 上へ
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作者:◆IulaH19/JY 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】 【10】 「それは『運命レポート』にゃ。今のうちらの仲間の一人が夜の能力で一生懸命書いてるのにゃ」 リンドウと合流した後、スプーンでチョコパフェをつつきながらルローが言った。 ルローはテーブルの横に灰色の襤褸(ほろ)で巻かれた大きな円柱を置いた。フェムから切り取った右腕である。 それを堂々とオープンカフェのテラスで置くのはどうかと思うが、ルローの奇抜な格好(街中で茶色のパジャマの猫耳フードである)からしてある意味目立たなくなっていた。 そして、冒頭の説明は俺の疑問へのルローの答えである。 リンドウと人通りの多い街路のカフェで合流した後、俺は聞いた。 「なぜ全てを予測できた?」 「すみません。チョコパフェ一つ、たこ焼きパフェ一つ、ヨシユキはどうする?」 「コーヒー、砂糖なしで……待て。たこ焼きパフェって何だ」 「え~。知らないの~?たこパフェ。おいしいのに」 「フェムの腕、後でピカピカに磨くにゃ」 つまるところ、『運命を見る能力者』と言うものが彼女らの組織に居り、その予測によって最低限の犠牲で動けるという。 その能力者が書いたレポートが、リンドウが常日頃持ち歩いている『運命レポート』。 しかし、その能力には色々と制約が付いているらしいが。 「それは企業秘密にゃ」 「お前ら企業人だったのか」 コーヒーを啜りながら、たこ焼きパフェなどという異形の食い物を食べているリンドウに顔を向ける。 「これから俺をどうするつもりだ?」 「あなたを保護したい。けど、私がアジトまで連れていくから夜まで待機」 そう言ってクリームが乗ったたこ焼きを口に運んでいく。 「……なぁ、ソレ、旨いのか?」 「はい、あ~ん」 パフェ用の長いスプーンが差し出される。その上にはクリームと青海苔のかかった温かそうなたこ焼き。 ……男になれ、俺。一息に口の中に運ぶ。 口の中に広がるソースとクリームの味がうま…………イ゙ッ!???? 「それじゃ、もう一つ質問。俺のテレポート能力は消せるのか?」 先程のたこ焼きパフェなどという過去は無かったことにする。 「それは分からないわ。参考に言えば、私の置換能力だって後から手に入れた物だけど今まで消えていない。 おそらく新たな薬を飲むか、ヨシユキ自身の能力を発現するまで消えないわ。私の薬に間違いがあったことなんてないもの」 「それに便利だにゃ。テレポート能力。それとも何か不都合なんてものがあるのかにゃ?」 「いや、不都合というか……」 俺は言葉を濁す。二人が聞きたそうな顔で見てきたので続けるしかない。 「俺は能力がいらない。不要だ。はっきり言って能力なんて嫌いだ」 リンドウとルローは目を見合わせて、ああ、と頷く。 「居るわよね、そういう人。少数だけど能力に馴染めないって人」 「チェンジリング・デイ以降では治安はかなり悪化、重大犯罪は増大してるからにゃ。でも、前世代の方が良かったっていうのは古い考え方にゃ。今では誰もが折り合いをつけて生活しているにゃ」 確かにそうかもしれない。 だが、現実はどうだ。俺はこうして命を狙われ、家族と一生会えないことを宣告された。 「……これも俺の運命か?」 「不可避かはともかく、少なくともその運命になる因子はあったって所かにゃ」 リンドウとの接触の事か。 「人の運命は難しいにゃ。路傍の石でも、運命を変える事が出来るのにゃ。『運命レポート』は確率の高い指針書にしかならにゃい」 「だから、最終的な判断はあなたに任せる。あなたはどうしたい?」 「俺は……」 無意識の中で決まっていた答えを紡ぐ。 「俺は、お前らと一緒に居たい」 リンドウとルローの唇が不敵に笑う。犯罪者の笑みだ。 「それではようこそ、我らが組織“ドグマ”へ」 共犯者の俺も、笑みを返した。 登場キャラクター 風魔嘉幸 リンドウ 霧裂=ルロー 上へ
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作者:◆IulaH19/JY 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】 【10】 「君は会ったんかね?リンドウと名乗る少女と」 「……はい」 ここは、どこだ?意識が朦朧とする。 「彼女はテロリストなんよね。あ、ちなみにうちらはバフ課とか呼ばれてるけど、名称なんてどうでもいいんよ?バ課でもいい。あ、やっぱバフ課がいいよね」 君はどう思う?と後ろの男におっさんが話しかけてるが、どちらの顔もぼんやりとした輪郭しか見えない。 「うちら8班。スパイ。って言い方は感じ悪いよなぁ。バ課8班諜報係」 「……はぁ」 「彼女の特徴は、瓶底眼鏡に黒服で身長は君と同じぐらい。あっとる?」 「そうですね」 「で、何かされたん?っと、あと三秒で目覚ますか。また今度話そうかね」 暗い病院のベットで目を覚ました。陽は沈んでいるらしい。 ぐっしょりと枕が濡れていて、気色悪い。 ここは病院か。だとしても、今さっきまで会議室のような場所で話していた感覚がある。 そして会話の内容を思い出して戦慄した。 先程の会話全部が、夢の中で行われたと言う事に。 「こんこん、リンドウですけど」 ノック音まで擬音語にする必要はないと思う。 いや、病室のドアは開きっぱなしだったからそういう対応をする必要があったのかもしれない。 それは無いか。 直接疑問をぶつけることにする。 「お前は……テロリストなのか?」 リンドウは疑問を避けて、さぁね、と眼鏡を外しながら隣のパイプ椅子に座った。 眼鏡を外したリンドウの瞳は、この病室の夜の暗闇よりも暗い。地獄の闇を覗き込んでいるようだった。 「……この病院はチェックが厳しくて、出入りは厳しく監視されているはずだが」 一度脚を骨折していて、そういうことは知っていた。 リンドウはまた質問を避けて、何もなかった手のひらからリンゴを取り出した。 手品?いや、この世界でいうならば―― 「私のもう一つの能力。物を置き換える力」 先にリンドウが答えを言った。監視カメラも、何かと置き換えているのだろう。 「……どうして俺に肩入れする。関わり合いになる気はないぞ」 俺には家族がいる。巻き添えにはしたくない。 「詳しいことは言えないわ。これから尋問もされるでしょうから。だから、ヒントをあげる」 そう言って窓際の窓を開けて、夜風を招き入れた。 「私たちの組織には、運命を見ることができる人がいる」 カーテンが春の夜風で揺れていた。 「このままの運命だと、あなたは殺される」 二度、三度カーテンが揺れて彼女の半身を隠す。 「死にたくなかったら私との関わりはなるべく隠す事ね」 そう言って眼鏡を掛け直す。四度目、カーテンが彼女の全身を隠した後、彼女は消えていた。 登場キャラクター 風魔嘉幸 トルトル ゼン リンドウ 上へ
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作者:◆IulaH19/JY 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】 【10】 「君がヨシユキ?風魔嘉幸?」 喧噪の多い街路を歩いていると、ペラペラとレポート用紙を捲りながら瓶底眼鏡の女が話しかけてきた。 俺は無視。 何で名前まで知っているのかと疑問にも思ったが、そういう能力もあるのだろうと自分で納得した。 こういう怪しい客引きのやわらは大抵持ち場を離れれば商売っ気を無くす。 だと思ったのに。 「ちょっと待ってくださいよ~」 いくら歩いても黒くて長い髪をなびかせて、隣にひっついてくる。 「お前な……ふっとばすぞ?」 脅しを掛ける。 誰がどんな能力を持っていると分からない以上、誰でも加害者となりえる。 だからこれは適切な脅しのはずだった。 「バッフも持っていないのにどうやって?」 心底疑問そうにこちらを見てくる。顎に手を当て、器用に顔を45度傾けて。 “鑑定士”か……それにしては護衛の姿が無い。 「何者だ」 「リンドウ」 瓶底眼鏡を外したリンドウの横顔は心底綺麗で、その眼には一切の光が無かった。 「私は能力者から能力の成分のみを回収することに成功した」 チクリと、痛み。 服の袖を通して、注射針が刺さっていた。 「!?」 「私の昼の能力はありとあらゆる薬を作る能力」 腕をとっさに引きぬくが、薬とやらは注射された後だった。 視界が歪む、というかアスファルトが透けて見える!? 「やっぱり“透視”の能力は徐々に発現させないとキツそうだね」 「てめぇ……」 視界が歪んで、意識が混濁する。俺の体はいつの間にか地面に倒れていた。 リンドウの声が降ってくる。 「あなたが将来発現する能力は、我々の組織には必要不可欠。それまでに体を大事にね」 眼を開けていられないが、眼を閉じても瞼が透けて見えて、焦点が合わない。 そして俺の意識は消失した。 続くかも 登場キャラクター 風魔嘉幸 リンドウ 上へ
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作者:◆IulaH19/JY 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】 【10】 ルローに背負われて階段を下っていたリンドウが突然叫んだ。 「……待って!待ってルロー!」 「待たないにゃ。ヨシユキからお前を頼むと頼まれたにゃ。うちはお前を死ぬ気で守るのにゃ」 「そうじゃない!視力が、能力が戻ってる!」 「……にゃ?」 ルローが疑問そうな声で左手をコンクリートの壁に触れる。 爆発が起こった。 「にゃっ!本当にゃ!早く能力を使って戻るのにゃ!」 ルローがリンドウに置換能力をせがんだが、リンドウは首を横に振った。 「……出来ない。八階までなら能力が使えるけど、それ以上への階へは無理だわ」 「もしかして……にゃら八階まで行くにゃ!」 リンドウとルローは八階まで瞬時に移動し、非常階段への道へと急ぐ。 そこには青い霧が大量に溢れていた。 「な、なにこれ」 「おそらく、ヨシユキの能力にゃ。『夜』の……」 リンドウが無言で階段を駆けあがり、ルローが四足でその後を追う。 屋上のドアを開けたリンドウが見たのは、倒れ伏している黒服と、血だらけでフェンスに寄りかかる 「ヨシユキ!」 駆けよって意識を確認すると、弱々しくヨシユキが目を開けた。 「リンドウ…」 リンドウは手提げから震える手で救急箱を取り出す。 追いついたルローは屋上の出入り口で不思議な空間に目を奪われていた。 「全て青色の霧の世界にゃ。これが『能力を否定する』能力かにゃ……」 霧は風に揺らがず、ヨシユキの周りを一定の間隔で広がっている様子だった。 約直径30メートルの世界で、能力の効果は否定され、打ち消されるのだ。 『運命レポート』に書いてあった通りの能力だった。 リンドウが治療していくヨシユキをルローはじっと見ていた。 「ルロー…」 弱々しげな口でヨシユキが呟く。 「なんにゃ?」 「その男の…口を…布で塞げ…」 ヨシユキが差し伸べたのは気絶しているゼンだった。 「殺さなかったのかにゃ?」 「銃が…弾詰まりを…起こした…」 運がいい男にゃ、と思いながらルローはヨシユキの言うとおりにゼンの口を堅くきつく結ぶ。 「……駄目。ここじゃ治療する道具が足りない」 応急処置を終えたリンドウが不安そうな声を出して、置換能力でヨシユキをアジトへ運ぼうとする。 不発。 「ヨシユキ、能力を解除するにゃ」 「無理だ…」 痛みで歪んだ顔でヨシユキが告げる。 ヨシユキの意識とは関係なく青い霧は発動し続けていた。 「……ヨシユキ。言いたくはにゃいが、バフ課が尾けてるにゃ。すぐに移動しなきゃにゃらにゃいが、アジトに歩いて帰る事は出来にゃいにゃ」 「わか…わかっている。ルロー…俺を…殺せ…」 「そんな!」 リンドウの叫びを聞いたヨシユキが、弱々しい笑みを返す。 「敵におまえらが捕まるよりは…俺が敵の手に落ちてお前らに迷惑かけるよりは…そっちの方がいい…」 この手しかなかった。ヨシユキの死体を持ち帰り、能力を薬として取り出すためには。 「……一つ聞きたいにゃ、ヨシユキ。お前はリンドウが好きなのかにゃ?」 「ああ…。出会ったときから…好きだ…」 小さく笑って、ヨシユキが告げた。 これがイレギュラー。『運命レポート』を狂わせた原因かにゃ。 能力者が嫌いなヨシユキが、能力者のリンドウを好きになる確率は、とそこまで考えて、ルローは考えるのを止めた。 「じゃあうちが殺るにゃ」 「すまない…恩に着る…」 そういってヨシユキは目を閉じた。 リンドウは目を背けた。見れるわけがなかった。 「……じゃあにゃ、ヨシユキ」 銀の爪が振り下ろされた。 銃声。 銀の爪が弾かれる。 その音に呼応して、リンドウとルローが臨戦態勢に入る。 「ラツィーム隊長。シルスク隊長からは絶対に手を出すなと」 「吾輩はあいつらにあの少年を殺させてはいかん気がしたのだ。直感での」 骨董品の銃に黒色火薬を詰めながら、丸太のような腕をした白い髭面の男が答える。 その横に立つ秘書みたいな女は、胸元が大きく開いた服を着ており、ブロンドに碧眼だった。 その二人が隣のビルの屋上に立っていた。 「バフ課5班。隊長ラツィームに、副長のマドンナかにゃ」 左右のビルを確認し、クエレブレが居ないだけマシにゃ、と俺らに聞こえる声でルローが話した。 「左様。お主は今ここで殺しておいた方が良い気がするの。直感での」 丸太のような腕が膨れ上がる。 そして手に持ったのは催涙弾。ルローに怯えのような表情が貼りつく。 猫にとっては玉ねぎの成分が含まれている催涙弾は血漿を破壊するからだ。 ラツィームの腕が旋回。黒い筒が投擲される。 俺の能力の青い霧では慣性は殺せないらしく、突き抜けて来た。 リンドウの銃弾が迎撃。空中で粉砕し、白い煙をぶちまける。 「撤退するにゃ!」 能力を使えないのでは何もできないと、煙と反対側のフェンスを斬り裂き、退路を作る。 「リンドウ!来るにゃ!」 しかし、リンドウは俺の傍から離れない。 「行け…リンドウ。お前の能力が無ければ…ルローが逃げられない…」 俺の手を掴んでいたリンドウが立ち上がり、その指が離れる。 白い煙から逃れ、ルローの元に駆け寄ったリンドウが振り返り、何かを呟く。 『ごめんなさい』 多分、そういうふうに言っていたと思う。 やがて二人はフェンスから飛び降りて見えなくなった。 俺が伸ばした腕は、何もつかめずに手を降ろした。 「ラツィーム隊長。目標リンドウと目標ルローは逃走。置換能力で逃げたのを部下が確認しました」 「シルスクにはまだ報告するな」 威厳のある深い声。ラツィームがビルの縁を蹴って跳躍する。 着地。デパート屋上の舗装された地面に罅が入る。 ビルとビルの間を悠々と越えてきやがった。 「ふむ。異様な空間だの。吾輩の能力が使えん」 倒れて気絶したままのゼンには目もくれず、俺に一直線に進んでくる。 「若いの。大丈夫かの」 「大量出血以外は…大丈夫だ…」 蒼白な笑みで俺が答えると、髭を震わせて笑いやがった。 人がよさそうな瞳で俺を覗き込んでくる。 「お主の。吾輩が思うにの。今、ここで殺しておかねばならぬと思うの。直感での」 「まぁ…放置しておいても…死にますがね…」 敵に対しては、当然の処置だろう。薄れる意識の中で考える。 問題は俺の死体をどうするかだ。 「死んだら…土葬で…十字架とかを載せてくれると…ありがたい…」 「ふぅむ……」 白い髭を撫でながら、ラツィームが続ける。 「吾輩は少年の死体をバラバラにして隠匿した方がいいと考えるがの。直感での」 最悪だった。 「俺の意見は無視かよ…クソじじい…」 「ふぅむ……」 ラツィームは俺が使っていた鉄パイプを軽々と持ち、正眼に構える。 「頭を割るかの。生意気の」 そういって振り上げる。 スイカ割りのような光景だった。 スイカが俺じゃなければ笑えたがな。 目を閉じた。 もう、だるい。 呼吸する事も、生きる事も。 確かに疲れるよな、リンドウ。 この世界は。 俺は待った。死の鉄槌がくだされる事を。 俺の記憶ごと、殺してくれ。 …… …… ……あれ? うっすらと目を開ける。 「バーストモード」 ラツィームがジェットエンジンによるニ対の拳を受け取めて吹き飛んでいた所だった。 「借リハ返スゾ。風魔ヨシユキ」 薄れゆく意識の中、俺の体が大きな背に背負われるところだった。 浮遊感を感じ、足元のデパートの屋上が段々と小さくなっていくのを見た。 フェムの両脚からもジェットエンジンが突き出し、俺は空を飛んでいるのだと感じたところで、俺の意識がフェードアウトした。 「おい、少年。起きろ」 目を覚ます。視界が捉えたのは白い部屋で、ガラス窓が流れゆく黒い雲を映していた。 横たえられた俺が次に目にしたのは眼鏡を外したリンドウの顔だった。 「…リンドウ?」 「私の娘と接触したのか。だが、私はリンドウではない。ルジだ」 白衣の女が答える。髪の毛まで真っ白だった。唇に咥えた煙草には火が付いていない。 体に痛みは無いが、力が入らない。薬でぼやけた感覚だ。 俺の能力はまだ発動していて、青い霧が周囲に漂っていた。 「全く、とんでもないガキを連れて来たな、フェム。『能力を否定する』能力だと?おかげで三十二種の実験が水の泡だ」 「スマナイ。ダガ、私ニハ彼ニ恩ガアル」 白衣の女の後ろでフェムが答えた。 「彼ヲ治療シテヤッテクレナイカ?ルジ博士」 「あ~あ~。あんたはいつから私に命令できる立場になったんでしょうねぇ」 やれやれとルジが首を振る。だが、その唇に歪んだ笑みを浮かべた。 「だが、こんな面白い材料を放っておけるわけがない。もちろん治療するさ。なぁ、少年」 そういって俺に何やらパネルのようなものを見せつけてくる。 「プランα。この躯はどうだ?」 機械のような体。俺は首を振る。 「プランβ。こいつはどうだ?」 植物の格好をしているのは何かの冗談なのか?俺は首を振る。 「プランγ……は売り切れか」 「『プロトモデル:弐』が残ってますよ」 観葉樹が喋った。 いや、違う。緑の葉が髪となった女が背を向けていたのだ。 その女は幹のような角ばった細い手でパソコンのキーを打っていた。 「黙れテラ。チェンジリング・デイ以前の技術。最後の最高傑作を使えだと?」 にやりと八重歯を見せて笑うその姿は、肉食獣を思わせた。 「面白いじゃないか。それにしよう」 俺の腹部からまた出血が起こった気がした。 薬で痛みを麻痺させられているが、俺の体はこのままではマズいらしい。 「君はこのままでは死ぬ。治療には記憶と心を失う可能性があるが、どうだろう。君、生きたい?」 俺は弱々しく頷く。 生きたい。生きて、もう一度会いたい。 「テラ。あと何分だ」 「およそ1分30秒で能力が切り替わります」 俺は窓ガラスの雲が、眼下に広がっている事に気付いた。 俺の視線に気づいたのか、ルジがにやりと笑う。 「そう、ここは雲の上。我々“政府”御用達の空飛ぶ実験室さ。空中要塞ならば、いつでも能力を昼か夜に操作できる」 雲の向こうに太陽が差し込んだ。 俺の青い霧が消失する。 首筋に痛み。見ると、ルジが俺に麻酔薬を打ちこんでいた。 「ここからは『人体改造』の能力の出番だ。オヤスミ。少年」 「おはよう。ホーロー」 朝日がさす沿岸の第七埠頭。その暗い倉庫。 “ドグマ”に資金提供を行っている黒社会の一部。仁教会の本部があり、会議を行っていた。 「資金の6%を提供する事にする。何か異議は?」 「“ドグマ”は上得意様だ。何も問題は無い」 「むしろ、たったそれだけに抑えてくれている事に感謝しなければな」 議論は収束した。 七人の和服の、いずれも暴力的な雰囲気を纏った男たちが立ち上がる。 突然電気が消えた。 非常用電源に切り替わり、周りに詰めていた護衛たちに力がこもる。 「ネズミか」 だが、誰も侵入してこない。 不審に思った仁教会の幹部の一人が護衛を外に能力で移動させる。 瞬間。悲鳴が上がった。 「何かいるぞ!」 おくれてくぐもった声がして、ドサリと倒れる音。 「全員、能力を発動できるようにしろ」 和服の男の忠告で護衛たちが戦闘態勢に入る。 そのうちの一人は、雷撃を用意していた。 雷撃は思考と同じ瞬間に発動でき、倉庫の出入り口から現れた瞬間に攻撃できる。 だが、侵入者はなかなか現れない。 首の後ろが総毛立ち、背後に何かの存在を感じた。 「……気づくのが遅いな」 首への一撃。それで意識を失った。 「上だ!」 護衛の一団が倒れた後、誰かが叫んだ。 何者かが倉庫の梁の上に立っている。 その男は黒い服を纏い、藍色の長いマフラーを巻いて口元が見えない。 藍色と黒の装束は、どこか忍者を思わせた。 「撃て」 銃弾や、強力な能力が発射されるが、その全てが男に触れる前に消滅した。 否。全て切り裂かれていた。 男が装備されていたのは緩く湾曲した二本の長い短剣。 どちらにも同じような線が中央に溝を作っており、短剣同士が共鳴していた。 そして切り裂くと同時に発光し、銃弾や能力で投げた岩が焼き切れたのだ。 全員に緊張が走る。 「貴様、何者だ?」 初老の和服の男が冷や汗を流しながら声を掛ける。 「……風魔=ホーロー。……お前ら全員、終わりだ」 その男の姿が揺らめいて消えた瞬間、勝負は決していた。 「マタ、殺サナカッタノカ」 フェムは任務完了を知ると同時に倉庫に侵入してきたが、倒れて気絶している男どもをみて呆れたように言った。 「……殺す道理が無かった。……全員、まだ目を覚まさないだろう」 俺はそういうと、置かれていた金融口座や書類をかき集めていく。 これでドグマに資金が流れない。 「ソレデ、コイツラハ、ドウスル?」 フェムが男らを指さすが、俺は答えない。正直、どうでもいい。 電話でルジに連絡を入れる。 「……任務完了」 「はいはいはいはい、ご苦労ご苦労。帰還しろ。次はしばらく休みだから連絡入れるまで待機な」 荒々しく電話が切れる。 袋に書類を全て積み込み、フェムが呼んだ警察が来る前に退散することにした。 だが、しばらく倉庫街を進んだ後、俺たちの前方に立ち止まる影があった。 「あらァ?モう、お帰りカなァ?」 コートを着込んだ男。フェイブ・オブ・グールだった。 「ナン……ダト……」 フェムが雷に打たれたかの様に動けなくなる。 俺だって、こんな所でこんな大物と会うとは想定外だ。 だが、ドグマの幹部と出会えば即時殲滅。これが命令だ。 機先を制すために、腰から二本の特注のナイフを抜き出し、共振させる。 『時間操作』の能力を使い、加速。コートの胸板を引き裂く! 接触した途端にナイフの先端の超感度センサーが作動。高温のプラズマを発生し、肉を焼き切った。 切り裂きながら走り抜けて、背後を取る。 手ごたえはあった。確かに切ったはずだ。 「おやおやァ、元気ガいいなァー」 振り返った男には余裕の笑み。効いていないのかよ。 「……取り返しに来たのか」 「オオーゥ!正・解・デス!さァ、早く返シなさーイ」 まさか資金源を直接取りに来るとはね。 俺はしぶしぶと書類を袋ごと投げてやる。 受け取ったフォグは疑問符を浮かべた。 「のォー!コれじゃなィ!」 「……じゃあ何だ」 「ユーです!ミすタァー風魔」 「……は?」 俺は指さす方向を見る。 コートの男は明らかに俺を指していた。 「……何を言っているのか分からないのだが」 「そウか。記憶ヲ喪失したノデスね。……残念でス」 コートの男は両手を広げて残念そうに首を振った。 そうして去ろうとした。 「……あァ、ソウだ。コれは置イてぃきマーす」 そうして投げ捨てた紙を、俺は掴んだ。 金縛りから解けたフェムが俺に聞いた。 「奴ハ何処ダ?」 俺は紙から目を上げ、フォグを探した。 フォグは何処にもいなかった。 空中要塞に戻った俺はベットに横になり、フォグが落としていった紙を見ていた。 「……日付と、場所。……今日の夕方の時間だな。……そして『ごめんなさい』か」 頭に軽い頭痛がした。 何かの記憶が再生される。 女だ。 悲しげな視線で俺を見る、空虚な瞳の女。 大切な約束をしていなかったか。 夕暮れのあの日。 確か俺は――。 ベットから跳ね起き、装備を付ける。 部屋から出ると、フェムと廊下で会った。 「何処ヘ行ク」 「……下へ降りる」 そのままフェムを避けようとした途端、鉛色の腕が俺の進路を遮る。 「オ前ハマダ、単独行動ヲ認メラレテイナイ」 「……フェム、頼む。……お前と戦いたくない」 鉄の顔からは表情が読み取れないが、小さく戦闘モードと呟くのが聞こえた。 俺は一歩下がり、短剣の一本を取り出す。 「……やめろ。……お前じゃ俺に勝てない」 フェムの腕のジェットエンジンが点火。長く伸ばされた腕が、激突する。 要塞に備え付けられた、監視カメラに。 「……行ケ。次ニ会ウトキハ、敵ダ」 「……フェム。……ありがとう」 俺は駆けだす。 「懐かしいものだ」 走り去るホーローの姿を見ながらフェムは回顧していた。自分にも誰かを想っていた時期があった事を。 それは叶う事が無かったが。 ホーローを逃した責任は重いだろう。おそらく自分には一生『心』が与えられまい。 それでもフェムは良いと思っていた。 風魔ヨシユキに、自分の想いを重ねていたから。 「さぁ、報告しに行くか」 その背中には、機械らしからぬ熱い魂が宿っていた。 錆びて、崩れかけたデパート。 立ち入り禁止の黄色の帯をくぐり抜けて、デパートの正面入り口から入る。 中央の天井には、あの日の爆発での衝撃で大きな穴が開いていた。 エレベーターのボタンを押すが当然動かず、非常階段を探し、一段一段登っていく。 彼女はここを俺を担いで登って行ったのかと思うと、苦笑が漏れる。 最初の出会いを境に、俺の運命は変わった。 良かったのか悪かったのか、分からない。 これからも分からないだろう。 それはきっと、何もかもが終わった時に分かるはずだから。 だから、終わらせるために、まず始めようと思った。 屋上のドアを押しあける。 「遅いよ」 あの日と同じ場所に、彼女は立っていた。 夕暮れが差し込む、午後5時。 俺はその場に立ち止まって、彼女を眺める。 「…あの趣味の悪い眼鏡は辞めたのか?」 胸にあふれる感情を誤魔化すために、皮肉を言う。 「違うわ。ちょっと外していただけ。こっちの方が可愛く見えるでしょ?」 リンドウが笑う。 そして、沈黙が落ちた。 二人とも、言いたい事は山ほどあるはずなのに、何から言っていいのか分からない。 陽が、橙色に俺たちを染め上げる。 「……ごめんなさい」 リンドウが謝った。 「あの日、死ぬのは私だったはずなのに。あなたを死にそうな目に合わせてしまった」 「違うよ」 俺は即座に否定する。 「リンドウ。あの時の俺は、お前の命が何よりも大事だったんだ。リンドウの死こそが、俺の死だった。 だから、『ごめんなさい』に対して『ありがとう』を言うよ」 俺の言葉を、リンドウが涙目で聞いていた。 「リンドウ。生きていて、ありがとう。お前の命が、俺の命だ」 俺が笑う。リンドウも泣きそうな顔をしながら笑った。 「……それで、これからどうするのかしら?“政府”に戻るの?」 「残念ながら“政府”には急な休暇申請を出してきた。それよりも行きたい組織があってね その組織で、守りたい女を守る事にする」 「じゃあ、そうしなさい」 リンドウが俺に向かって手を差し伸べてくる。 「それではようこそ、我らが組織“ドグマ”へ」 夕暮れ時。 春の陽気を宿した風が、俺とリンドウの間を流れていく。 屋上の出入り口で立ち止まっていた俺は、ベンチの傍に立つリンドウへと歩みを再開する。 彼女の差し出された掌を掴むために。 終わり。 登場キャラクター 風魔嘉幸 リンドウ 霧裂=ルロー ラツィーム マドンナ フェム ルジ テラ フェイブ・オブ・グール 上へ
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作者:◆IulaH19/JY 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】 【10】 リンドウが去ってから、白い天井を睨みつけたまま一睡もしていない。 なぜだか知らないが、眠らないほうがいい気がした。 カーテンから外を覗く。 裏手の山から朝霧が出ていて、うっすらと闇が晴れて空が白んできていた。 病院の中庭にはリンドウの姿はない。 あの瓶底眼鏡の何処が気になるのか分からないが、惹かれるものがあった。 ふと、隣に置いてある台の上に赤いリンゴが置いてあることに気がついた。 「……まぁ、一つだけ言えることは」 リンゴをくるくると回しながら独り言を呟く。 「能力者なんて大嫌いだ」 無精ひげの男がエンジンを響かせてハーレーを引っ張り出す。サイドカーに黒服の男が体操座りで乗り込む。 「どうしてヨシユキ君眠らんかったんと思う?」 「所長の夢が気持ち悪いからじゃなかったんですか?」 黒服の男が応対する。 「ほげー、ひどいなゼン君は。あ、フェム君。一応彼の家に行っといてくれん?」 フェムと呼ばれた僅かに会釈する。彼が僅かに動く度に体中から機械音がする。 「さて、リンドウが目ぇ付けた男、抑えに行こうか。彼氏なんかな?」 病院の受付で散歩の許可をもらって外に出る。 山間に作られた病院だけに空気が奇麗だ。日の出直前の冷え冷えとした空気を肺で味わう。 受付にメールが来ていたが、俺の親父とお袋は昼頃に見舞いに来るらしい。 「さて、どこでリンゴを食うかだな」 赤いリンゴを片手に持ち、座れそうな場所を探す。 そこにバイクの重低音が響いた。 「いかんいかん。患者さんに迷惑やったかいな。おろ?そこにおるのはヨシユキ君かね?」 その特有な口調に聞き覚えがあった。 「バフ課8班の……」 「諜報係やね」 俺の傍にハーレーを停めると、髭面の太った男がハンカチで汗を拭きながらヘルメットを脱いだ。 「code トルトル。まぁ呼ぶときは変なおっさんでもええな」 ニカッと笑う顔には前歯が一本欠けていた。 「彼はcode ゼン。ちゃんと呼ぶときはゼンさんって呼ばんと怒るやろけどな」 ゼンと呼ばれた男は黒い帽子に隠れて顔がよく見えない。 「勘弁な。ゼン君は人見知りやから。そいで、単刀直入に聞こうかね。リンドウ君と会った?」 「……さぁ、知りません」 何故か、俺はそういう風に答えていた。 なんで?テロリストだろ、あいつは。匿う必要はないのに。 「ありー?そうなんか。久々に予想外れたなー」 射的は外さないんやけどな、と黒服の男に話しかけている。 「とりあえず、君はうちらが保護することになったけん、受付に連絡してきてくれるか?」 この場合、親にも連絡したほうがいいのだろうかと尋ねると、それはすでにうちらがしている、との事だった。 受付に行って、無理な外出許可を何とか取り自動ドアから外に出た。 世界が変わっていた気がした。 いや違う、光が。 「陽が出たのか!」 “透視能力”が無意識に発現した。 「……くっ」 とっさに掌で眼を抑えるが、その掌の肉の断面すら透けて見えた。 そして俺は信じれないものを透視した。 おっさんの服の裏には、爪剥がし器、巨大なペンチ、九つに分かれた鞭、そしてありとあらゆる拷問器具が。 「ん、どうしたん?大丈夫か?救急車って呼ぶかって、病院はここか」 笑って、悪意を感じさせない顔で呼び掛けてくる。 だが、俺にはその顔が死神の顔に見えた。 このまま付いていけば殺される。そう直感した。 ふいにリンドウの言葉を思い出した。 『私の昼の能力はありとあらゆる薬を作る能力』 そして手にはリンドウから貰った赤いリンゴ。 瞬時に彼女の意図を理解した。 トルトルが何かに気づいたように俺に向かって駆け出したが、遅い。 俺はガブリと、赤いリンゴに噛みつく。 そして俺は風になった。 「お前、この報告書間違えてんぞ」 バシッと報告書の束でラヴィヨンの頭を叩く。 「え~、何処っスかぁ?」 「ここだよ、ここ。俺らバフ課は7班までなのに、『5~8班が活動中』って書いてんぞ」 「あ、マジっすね。訂正しときます」 そういってカタカタとラヴィヨンがパソコンのキーを打ち始めた。 ラヴィヨンが打ちながら聞いた。 「もし8班なんてのが実在してたらどう思います?」 俺はしばらく考えて答えを出す。 「そりゃお前、俺らの名を騙っている時点で弩級のアホか、弩級のヤバい集団だろ」 「……ゼン君、追おうか」 ハーレーを片腕でかっ飛ばして、片腕で携帯を掛けるという神業めいたことをトルトルは行っていた。 スピードが出すぎているが、それだけキレているということだろうな、とゼンは口には出さずに思った。 「会ったことを隠した時点で殺すべきだったんやな」 珍しく表情がわずかに変わっていた。目尻を痙攣させながらトルトルは応対している。 電話の相手はすぐに出たらしい。 「フェム君、駄目やった。一応彼の家族、殺しといてくれん?」 登場キャラクター 風魔嘉幸 トルトル ゼン フェム シルスク ラヴィヨン 上へ
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アグネスフォンリンドウ(アグネス・フォン・リンドウ) アグネスフォンリンドーの別名。